BOOK&

小説、エッセイ、たまに哲学。マイペースに読み進めてます。

遠藤周作「切支丹の里」

「沈黙」の関連本として借りてみました。

関連する短篇として「雲仙」や母の死を題材にした「母なるもの」も収められていた。

 

たまたま訪れた長崎の十六番館で、踏み絵を囲んでいる木に黒い足指の痕が残っているのを見たことが着想につながったようです。

 

踏まざるを得なかった弱いものたちの気持ちを作家として表現したいということでした。なかなか棄教したものたちは正史の中に出てこないようで(教会にとっても幕府側にとっても価値がないとみなされていたよう)、史料探しや地元の人へのヒアリングなど丹念に跡をたどっていた。

 

フェレイラ宣教師は本当にいたのか。wikiにもあった。

穴吊りされたほかの宣教師はみな殉教した中、ひとり耐えきれず棄教したあとの思いについても想像していた。

 

今なお残る隠れキリシタンがもはや本来のキリスト教から離れてしまうが先祖からの宗教だからと正しい教えを拒むこと、地元の人から距離をもって見られていること、今も当時も隠れキリシタンたちにとっては、弱さを赦してくれる存在として聖母マリアがあがめられてきたことを知る。

 

 

切支丹の里 (中公文庫)

切支丹の里 (中公文庫)