tunamayoの日記

小説、エッセイ、経済書を中心に日々こつこつ。積読との戦い。

ゲルハルト・エルンスト「哲学のきほん 七日間の特別講義」

月曜日 どう生きていくか?

火曜日 他人とどう生きていくか?

水曜日 道徳にはどれほどの客観性があるのか?

木曜日 何を知ることができるのか?

金曜日 世界には何が存在するのか?

土曜日 哲学とは何か?

日曜日 哲学は何のためにあるのか?

哲学のきほん──七日間の特別講義 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
ゲルハルト・エルンスト
早川書房
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読者と哲学者という2人の会話で進んでゆく。

哲学に改めて興味を持ち始めたきっかけとして、良いことって一体何なんだろうっていう疑問。人によって考え方や問題への対処法は違い、話を聞いてるとそれなりの理はある。だからって何でもかんでも正しいってわけでもなくて、そんな時NOと言える強さが欲しいのかもしれない。

本書の中で、哲学とは「内在的な善」を知り、自己と世界に対して価値ある「認識」を得るためのものとあった。ムダなことも減り、必要なものが見えてくる気がする。

 

木曜日に出てきた懐疑主義では、疑いの深さにちょっとひいてしまった。。

「われ思う、ゆえにわれあり」のデカルトは、現実を「夢」であると疑い、人間に間違った考えや思い込みを植えつける悪霊がいる(=悪霊が人間をだましている)という仮説に取り組んだ。つまり、マトリックスのように、スパコンにつながれて現実という夢を見ているだけなのかもしれないと。

人間は自身の確信を正当化できないので「知る」ことができない。体験や知覚に頼らず、思考というツールだけで自身の確信を正当化することができないという。

デカルトは、人間は神を見たり聞いたりしなくても考えることができる→ゆえに神は存在する→善なる神が存在するなら悪霊が人間をだますことはないと考えたみたい。しかし、この議論はまだまだ決着がついておらず。そのそも悪霊がいるという疑いに正当な理由などなく、間違っているかもしれないetc