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tunamayoの日記

小説、エッセイ、経済書を中心に日々こつこつ。積読との戦い。

エドワード・レルフ「場所の現象学」

ノンフィクション

人からのすすめがなければ、一生読まなかったであろう本(笑)

赤羽の立ち飲みおでん屋さんと同じ。

 

現代ではお店に一歩入ればどこの土地でも同じ店内のイオン、実際の地理的環境とは無関係な歴史や神話から不条理に合成されたテーマパーク(ディズニー化)など、本来その場所にしかない力がなおざりにされた結果、自分がどこかに属しているという感覚が薄れてきているのでは?というアラート。

 

現象学からのアプローチということで言葉はやや難しいけれど、伝えようとしてることはシンプル。瀬戸内国際芸術祭で島巡りをしてそこで感じた安らぎと都会の地下鉄を乗り継いでいるときの意識のギャップがあまりにも強くて、それを説明する言葉が欲しかった。読んですっきり。

 

本来の場所の力ってヨーロッパの貴族のお城とか日本の農村とかなんだろう。土地や身分からの縛りがなくなった反面、感じる居場所のなさ。自由に恋愛できるようになったら少子高齢化が進んだという反比例な感じがする。。

 

以下は覚書として一部抜粋。

 

・場所との深い結びつきは、人間との密接な関係と同じように必要であり、おそらくは避け難いものである。その関係なくしては、人間の存在は、可能ではあってもその意義の多くを失う。

・本物性とは、世界に対して心を開いて人間のありようを知ることから成り立つのであるから、偽物性とは、世界と人間の可能性に対して心を閉ざす態度である。両者は、存在及び実存のあり方として同じく正当なものであり、ハイデガーが苦心して主張しようとしたことは、偽物性は本物性よりも低い次元のものではないということだ。

・場所に対する偽物の姿勢は「没場所性」を直接間接に助長するたくさんのプロセス、あるいはもっと正確にはメディアを通じて伝えられる。「没場所性」とは、どの場所も外見ばかりか雰囲気まで同じようになってしまい、場所のアイデンティティが、どれも同じようなあたりさわりのない経験しか与えなくなってしまうほどまでに弱められてしまうことである。

場所の現象学―没場所性を越えて (ちくま学芸文庫)
エドワード レルフ
筑摩書房
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